猫とのくらしとは、ふしぎのなものだ。ながくなるにつれ、猫が猫にみえなくなってくるのだから。ちょっと気をぬくと、ニンゲンのようにみえてくる。もしかしたら、私が猫化しているだけかもしれぬが。猫も猫で、どうもじぶんがニンゲンとはちがういきものだと、おもっていないふしがある。すくなくとも、私のことをでかい猫とでもおもっているのではなかろうか。

そのうち、猫にむかってニンゲン語をするようになる。しかも、かしこい猫が話し相手ともなると、ほんのすこし、それが通じるようになってくるのだから、手に負えぬ。そういう意味で、兄はきのどくなやつだ。

このふたりのあいだには、れっきとした知力のひらきが存在する。「兄にはできて妹にはできないこと」というのがたくさんある。おかげで、兄は「デキるやつ」のレッテルをはられ、つねひごろ無理難題をおしつけられてしまう。「言ってることわかるよね」「なんでそんなこともできないの」「いまそういう感じじゃないじゃん空気よもうよ」そんなふうに。

そうはいっても、しょせんはにゃんこ。ほんとうに言葉のつうずるならまだしも。妹とくらべてかしこいというだけで。「ちょっと勘弁してくださいよ、猫なんですから」そんな兄の心の声が聞こえてきそう。ひるがえって、妹なんてのんきなものだ。めだまをまるまるして、おしりをぷりぷりして、ごはんをぱくぱくして、おべんじょと寝床を往復しているだけでよいのだから。もはや、ただのゆるキャラのようなものだ。身も蓋もない言い方ですが。

猫なんてものは、ちょっとおばかなぐらいが、ちょうどいいのかもしれないねえ。