言葉というのは、ある日をさかいに突然、はなしだすわけではない。目覚めたばかりのぼんやりとした世界がしだいにくっきりするように、言葉もすこしずつ像を結んでゆくのだろう。

一歳半、語彙も豊富になってきた。まだ大人のような言葉にはならないものばかりだが、息子はもう会話しているつもりでいるようだし、すくなくとも、こちらのいうことはかなりわかっている。うかつなことも言えなくなってきた。

はじめて話した言葉はなにかときかれたら、これと言い切れるほどはっきりしたものはないが、とくに印象にのこっているものが、「ないね」。食事がおわったあと、からっぽになったお皿にまでかぶりつこうとする彼を「ないね!もうないね!」と言い聞かせていたのを、おぼえたのだろう。

それからしばらく、ていうかいまだに、彼はおさらをからっぽにするたびに「ないね!ないね!」と言ってうれしそうにする。せっかくのはじめての言葉なんだから、もうすこし感動的なものであったら、語り草のひとつにもなったのだが。