もしも猫年があったなら

ありそうでない、猫年。なんでないんだ、猫年。年のあけるたびに考えずにはいられない、ゆゆしきこのプロブレム。もしも干支に猫年があったなら、世の中はいったいどうなることか。すこし想像をめぐらせてみよう。

その市場規模は、一兆円とも二兆円ともいわれるネコノミクス。猫年ともなれば、経済波及効果は計りしれない。巷は、ありとあらゆる猫ビジネスであふれかえることだろう。雲霞のごとく市場に投下される猫グッズ、雨後の筍のごとく乱立する猫カフェ… 猫スイーツ、猫占い、猫アイドル、猫不動産、猫パチンコ、猫消費者金融、猫政治家… これぞまさしく、猫に小判鮫。街のそこらじゅうで、きらりと眼を光らせるオトナのまねき猫。猫ヲ商売道具ニスルナ!猫ニ人権ヲ!とうるさくする、ネコウヨとネコサヨの毛で毛をあらうシュプレヒコール。その陰で、肩身をせまくする犬好き。運命の矛盾にくるしむ犬年の猫好き。あれれ、ネガティブなことしかおもいつかないのは、気のせい…?

すこしは、ポジティブなことにも目を向けてみよう。ネット婚活ならぬ、ネッコ婚活なんていうのはどうだろう。男女がそれぞれオス猫とメス猫をもちより、猫たちの気があったら飼い主どうしも強制結婚。あまつさえ、猫年の女などそれ自体がさりげなく自慢の種だろうし、猫年にあわせて子供をつくるなんていうバカップルもさもありなん。なにしろ、猫の日に婚姻届をだすなんていう大バカップルもいるらしい。猫年効果で、ストップ!少子化の波!てなもんだ。

そもそも、愛猫家の私にとっては干支の選抜基準からして、はいそうですかとは受けいれがたいものがある。はて、神さまよ。それならいっそのこと、パンダとかハムスターとかアルパカとかゴマちゃんみたいなやつとか、まるこくてもこもこした人気のどうぶつを、いまいちどあつめてみてはいかがだろうか。選抜方法は、秋元康にでもおねがいすればよかろう。

などと、くだらぬことを書いていておもいだしたが、よのなかには、ほんとうに猫を政治利用しているあきれた市民団体もあるし、とある電話会社のテレビコマーシャルがはじまったとたんに、全国の保健所がしろい犬であふれかえったとかそうでないとか。やはり、猫年などないほうがいい。