アイコン #2

ピカチュウに親近感をおぼえるようになったのは、彼女と出会ってからのこと。かつて、なんどかツイッターに写真を投稿したこともあるが、街でピカチュウのこういうやつを見かけるたびに、おもわず抱きついていた。いまも、映画館をとおりすぎた拍子に、ポケモンのポスターが目にはいると、反射的に足を止めてしまう。

サトシがピカチュウを抱いている絵をみると、彼女のてざわりやおもたさが、腕によみがえるようだ。肩に乗せている姿なんてみた日には、四十も間近といった中年の肩が、みしみしと疼くというものだ。私のミラーニューロンは、活動電位のかなりの量を猫につかっているとおもわれる。猫をみていると、彼らといっしょについぐうたらしてしまうのも、きっとそのせいだ。

彼女の二面性については、ぐれみけ識者のみなさまであれば、ご存知のことだろう。彼女は、いつも意外だし、ときとして情熱的だ。ことさら、給餌への情熱は主にパンをも焦がさせる。まさしく、guremikeのアイコン的存在であり、マーケティングにおいては主よりも珍重…丁重にあつかわれる、ぐれみ家のポケモンといえよう。

そうそう、前回とりあげた謎の生命体枠の特徴で、ひとつ書き忘れたことがある。謎の生命体枠に「ふたつめ」はないということだ。

はて。