虚空にむけて。あるときは、自らに問うように。ねえ、おじさん? ――― 息子は心酔し、その名を呼ぶ。またあるときは、ぼくはおじさんだから!と言って、それを纏う。まるで、赤いマントを羽織るかのように。おじさん、それは息子のなかに存在するヒーロー。いったい、おじさんのなにが息子をそこまで惹きつけるのか。彼と対話をつづけるなかで、ついに僕はその秘密に肉薄した。それは、シンプルで力強いひとつの方程式だった。

大人 = 怒られない

おじさん、それは大人を象徴する存在。すなわち、怒られるこのない、無敵の存在。お片付けもお昼寝もお着替えも歯磨きもなんでも出来る、全能の存在。レゴも絵本もハッピーセットもなんでも買える、自由の存在。完全なるものにして、心の拠りどころ。彼を見ていて思った。かつて、人はそういった超越的存在、或いは概念を、神と呼んだのだろうと。

息子は自らのなかのおじさんのチャクラを開くことで、コラァの災厄やダメデショウの責苦から身を守ろうとしているのかもしれない。レゴの組み立てに行き詰まると、「ボクハオジサン、ボクハオジサン」と呪文を唱えだすのも、その超越性にあやかりなんらかの精神エネルギーを手に入れようとしているのではないだろうか。

ある日、僕は自分がおじさんであることを告げた。息子にとって、それは青天の霹靂だったろう。

「お、おとうさんは… お、おじさんなの…?」
「そうだよ、僕はおじさんなんだ」
「!」
「黙っていて悪かったね」
「……」

それからのことだ。まるで、リアリティを失ったかのような表情で、僕に疑いの眼差しをむけるようになったのは。彼のイノセンスは、僕のカルマを見抜いているのかもしれない。君がおじさんになるころには、僕はもうこの世にいないだろう。おじさんとは何者なのか。人はなぜおじさんになるのか。おじさんはどこからきて、どこへいくのか ――― その秘密を解き明かすのは、君自身だ。