病は主から

この三年、育児にかまけて猫たちの世話がおざなりになっている。まいにちのようにつかっていたブラシも、どこにしまったか思いだせないこともある。どこか悪そうなら病院につれていけばいいしと、ついかんたんに考えてしまう。

この間、兄がカーペットに爪をひっかけて踠いていたので外してあげると、そのまま床にころがるように倒れこんでしまった。立ちあがろうとすると、また左側に倒れてしまう。踠いた拍子に前脚でもひねったのだろうとおもいたかったが、斜頸と眼振があきらかに耳か脳の異常をおもわせるもので、すぐに病院へかけこんだ。

腎不全の悪化にくわえ、貧血をひきおこしていた。兄はもともとよく吐く猫で、半年前にも十歳の区切りに入院検査をさせている。いくつか問題がみつかって、とくに腎臓については注意を払ってきたのだが、療法食の味気無さがもともとの食細をさらに細らせ、体重は3.2キロから2.5キロまでおちてしまった。突発性前庭障害とおぼしき症状については、一時間ほどでおさまったのだが、手術や投薬で治るようなものではない。これを書いている今も、眼振はおさまったが、ふらつきがみられる。まずは、減りすぎた体重をもどさないといけない。なんでもいいから、食べてもらうしかない。

ここからは私の勝手な想像だが、もし爪をひっかけて身動きできなくなったストレスが発作を引き起こしたのだとしたら、その原因をつくったのは爪を尖らせたままにしていた主だし、爪切りをどこにしまったか忘れてしまうぐらいほったらかしにしたり、まとわりついてきてもすげなくしてしまったり、そうしたなにげない態度が猫にストレスを与えつづけていたのだとしたらと、居住まいを正すおもいでこの三年の猫とのくらしを省みる。

こどもが生まれたことでの環境の変化も、とくに兄のような人間依存のつよいひとなつこい猫にとっては、うけいれがたいものだったのかもしれない。こればかりはどうしようもないが、息子には猫との接し方はよく言い聞かせてあって、それなりに気づかいをしてくれている。けれど、三歳児には理解の限界があって、いまもときどき兄に殴られてひっかき傷をつくる。

猫も古びれば、まわりのことに興味をなくしたり、頑固になってくる。くらしの変化にも、むかしのようには耐えられないのかもしれない。あんなに人のことが好きで誰彼かまわずまとわりついていたのに、ふと目をやれば、ひとりでいる姿をみかけることがふえた。やせ細った兄の枯れ木のような影に、この三年のじぶんのうしろめたさが見え隠れする。いつのまにこんなにちいさくなってしまったのだろう。腕のなかの彼が、まるで小鳥のようにかるい。いまにもどこかにとびたってしまいそうで、抱く手にちからが入る。