はらぺこ天女

天女がまいおり、羽衣の袖で岩をさらりとひとなでして去っていく。百年するとふたたびまいおり、またひとなで。また百年。そのまた百年。天女は百年にいちどまいおり、岩をひとなでする。その極微の摩擦で、十キロメートルもの岩山が消えてなくなるまでの気の遠くなるような時間を、仏教では「億劫」と呼ぶのだそうな。

奇しくも、わが家にも天女がまいおりる。くる日もくる日も、寝床と便所と飯の器を往復しているだけの、なにもかも「おっくう」そうにしているだらしのない天女が。

わが家の天女は、朝飯をあっというまにたいらげるとほどなくまいおり、空の器をぺろりとひとなめして去っていく。ひと眠りしてはまいおり、またひとなめ。見回りのついでにも、ひとなめ。便所のついでにも、ひとなめ。日が暮れるにつれ、さらに頻繁にまいおりるようになり、そうこうしているうちに飯の器は、まるで神秘の力でも宿ったかのように、うまれたてのかがやきを放ちだす。

ステンレスのこのフードボウルが消えてなくなるのは、いつのことだろうか。それまで生きているだろうか。いや、化け猫になってもなめにやっておいで。