連載

"名前は、まだない"

猫と暮らしのカルチャー誌「ねこ(ネコ・パブリッシング)」にて連載中のとくべつなよみものです。猫との出会いから、東日本大震災の回顧録、さらにはうんこを手づかみしたお話まで、猫飼いの意識改革と猫界の平和構築をめざす、愛と感動と怠惰のお説法です。

ねこ 秋号 2017 #104

本誌より ―自動販売機、エレベーター、ATMに火災報知器。インターフォン、電子レンジ、照明やエアコンのリモコン。パソコンにスマホ。それに、洋服のボタン。息子がその存在を知ってからというもの、ボタンと名のつくものなら、なんでも押したがる。それだけならまだしも、ボタンと名のつかぬものまで押したがるから、こまったものだ。つくえの木目に、私のほくろ。それに、ねこの肛門。― 本誌へつづく

ねこ 夏号 2017 #103

本誌より ―ねこを連れて旅にでる。一泊ぐらいなら留守番ねがうところだが、数泊ともなれば、そうもいかない。トイレから爪切りまで、なんでもかんでも車に積みこんでの大移動である。そんな旅の途中、高速道路のサービスエリアで事件は起きた。― 本誌へつづく

ねこ 春号 2017 #102

本誌より ―玄関に鍵をかけてすこしあるいたところで、よくわすれものをおもいだす。あわてて家にもどるのだが、いちど履いた靴を脱ぐのがめんどうで、すぐそこの財布を取るだけだから… と、つい土足で家のなかにあがってしまう。おもえば、私はこどものころから「靴を履いたまま玄関をおりていいのは死んだ人だけだ!」とよく叱られていた。三つ子のたましいなんとやらだ。― 本誌へつづく

ねこ 冬号 2017 #101

本誌より ―海のみえる街に住んでいた。まだ、ねことくらすまえのこと。十代と二十代をすごしたその街は、私にとって特別な場所だ。かぞえきれないほどの思い出が、ネガフィルムのように心のなかに焼きついていて、十年経ったいまも一枚ずつとりだせそうなくらいどれもくっきりしている。その街を出るきっかけになった出来事があった。ある秋、一匹のねこに出会った。― 本誌へつづく

ねこ 秋号 2016 #100

本誌より ―インターフォンが鳴った。荷物の再配達を頼んでいたのを、また忘れていた。これで三度目… 仏様の顔だって三度までなのだから、民間人の顔など四度は拝めまい。なんとしても受け取らねば。しかし、事はそう簡単ではない。なぜなら、いま私の手のなかには大量のねこのうんこが握りしめられているからだ。手のひらいっぱいのうんこがころりころりと、ぎりぎりの均衡をたもち、いまにもこぼれおちそうになりながら顔をのぞかせているからだ…!― 本誌へつづく

ねこ 夏号 2016 #99

本誌より ―そのむかし、私の田舎ではねこはそこらじゅうにいて、蔵や納屋に棲みついては作物をあらしたり、糞尿をまきちらしたり、赤ちゃんをうんだりする迷惑者だった。だから、わざわざ「ねこを飼う」者などおらず、それどころか、竹ぼうきをかかげた爺さんが、どこからともなく湧き出てきては、奇声をあげてねこを追い払うといった戦慄の光景があちこちでくりひろげられていた。― 本誌へつづく

ねこ 春号 2016 #98

本誌より ―大人だけのしずかな家でくらしてきたわが家のねこたちは、こどもが大の苦手である。尻尾をわしづかみされたり、奇声をあびせられたり、家じゅう追いまわされたり… ニンゲンにとっての天使も、ねこたちにとっては、さながら悪魔のようであろう。 こどもたちが帰ると、すっかり疲れ果てごはんも忘れてぐっすり… なんてこともめずらしくない。そんなねこたちのまえに、とうとうあらわれたのだ。― 本誌へつづく

ねこ 冬号 2016 #97

本誌より ―東日本大震災での筆者のささやかな被災体験をつうじた、ねこの防災にまつわるかくかくしかじか。前号では、震災当日の決死のねこ救出ミッションから学んだキャリーバッグの大切さについてお話しした。さて、地震の後、水道、電気、ガス、インターネットを絶たれ、陸の孤島と化した自宅をあとに避難先の親族の家へとむかったぐれみ家一行。そこで待ち受けていたのは、さらなる猛省の日々であった。― 本誌へつづく

ねこ 秋号 2015 #96

本誌より ―おりにふれ、地震の報を耳にする。じっさい、よく揺れるし。とりわけ首都圏には、そう遠くないうちに大地震がやってくるのだそうな。この物語の主人公の名も無きねこ兄妹と私たちは、四年前のあの日、宮城県に居た。はばかりながら、今回と次回にわたって、筆者のささやかな被災体験をつうじ、気づいたことや学んだことをお話したい。― 本誌へつづく

ねこ 夏号 2015 #95

本誌より ―むかしから「犬は人につく、ねこは家につく」とは言うが、ねこが自由に家の敷居をまたいで、おさかなくわえて追いかけられていたような時代ならともかく、エアコンのきいた家のなかで一生を過ごすこともあたりまえの昨今。ロボット掃除機の上に乗って移動するハイテクなねこまでいる時代である。ねこも進化するらしい。すくなくとも、引っ越し好きの飼い主につきあわされ、七歳にして三度も住まいをかえてきたわが家のねこたちを見るにつけ、「家につく」とは、どうも言いきれぬ。― 本誌へつづく

ねこ 春号 2015 #94

本誌より ―「じつのところ、名前あるんでしょう?」とよく言われるのだが、いつも返答にこまっている。わが家にはじめて兄妹ねこがやってきた日の夜、名前をどうしようかという話はたしかにあった。あれやこれやと数時間もかけて候補をだしあったが、すこし舞いあがっていたせいか、ぴんとくるものがなく「なにかいいのを思いついたら、それにしよう」と言って、その日はすぎた。次の日もそう言ってすぎた。そのまた次の日もすぎて、七年がすぎた。― 本誌へつづく

ねこ 冬号 2015 #93

本誌より ―にゃんにゃんにゃんで、2月22日は「ねこの日」なのだとか。にゃんとくだらぬ日もあったものだが、ねこ好きの間では、わざわざその日に籍をいれるカップルもいるとかいないとか、そのうえねこのモチーフをあしらった指輪まで作ってしまうバカップルさえいるとかいないとか…。連載2回目の今回は、しばし思い出話におつきあいいただきたい。それは、兄妹がわが家にやってきてから、もうすぐ2年になろうとする早春のこと。― 本誌へつづく

ねこ 秋号 2014 #92

本誌より ―わが家のブログ「guremike」も、いつのまにか多くの人目にふれるようになり、前号で巻頭特集をしていただいたうえに、ついにはこうして連載の場までいただくことになった。ブログやツイッターをご覧のみなさまは、よくご存知のことと思うが、私はなかなかお下品なやつである。なにしろ、ネットでは私のことを「うんこさん」と呼ぶ者さえいるほどだ。― 本誌へつづく

ねこ 夏号 2014 #91 (guremike巻頭特集号)

本誌より ―まるでスタジオジブリのアニメーションに登場するキャラクターでも見ているような、不思議な感覚に陥る数々の写真を眺めているうちに、この兄妹ねこ、本当は実在しないんじゃないか、そんな疑心を抱くなか実現した今回の企画「人気ねこブログ「guremike」の兄妹に会いに行く!」。実際にお邪魔したら…… 本当に存在したのです。― 本誌へつづく

インタビュー

"PICTURE SOCIAL MEDIA BOOK"

ソーシャルメディアを巧みにあやつり、ワールドワイドに作品を発信する、グローバルイノベーティブハイパーミラクルクリエイターとして、10ページにわたってインタビューが収録されています。謎と秘密と怠惰のベールにつつまれた、ぐれみけさんの私生活と写真術に肉薄します。英語ですが。

本誌より ―I think over the years I have taken several hundred thousand photos of my cats, and I have to say, I never get tired of it; they are always doing something different, surprising me, and making me smile. I try to keep my photos simple and natural, to allow the focus to stay on the cats and their unique personalities. Believe it or not, all the photographs I take of me cats are spontaneous. Nothing is posed. I think the key to taking good pictures of pets is to create a comfortable living environment and steady routine.― 本誌へつづく

写真集

"guremike (MOOK)"

めくれどめくれど兄妹だらけ。ひがないちにち兄妹まみれ。一冊まるごと兄妹づくし。guremikeの写真をあつめた、ささやかなムック本(ネコ・パブリッシング)です。どこからみても、どこでやめても、あげても捨てても、かまいやしない。旅はみちづれ世はなさけ。毒をくらわば皿までどうぞ。