猫とんかつ

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息子に「なにか食べたいものは?」と聞くと、猫をまっすぐ見て「猫とんかつ」と答えたことがある。その場に走ったほのかな戦慄と、まんまるの目でこちらを見る猫の顔が、忘れられない。

豚や牛は食べるのに、どうして猫は食べないのかなんて、三歳の息子にはわからない。世界には、食文化として猫を食べる慣習をもつ人たちもいる。ここで、「猫はたべものじゃないんだから!」と話を終わらせるか、「食べたらどういう味がするかな?」と話を広げてみるか、親の器量が試されるというもの。

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猫食文化の存在や、幼児のなにげない一言が証明するように、猫は食べものだということを、私たちは本能的に知っている。可愛すぎて食べたい。そんな矛盾した衝動に駆られることさえ。心で食べるか、胃袋で食べるかのちがいだ。私たちの脳内では、"可愛い"と"美味しい"は、どこかで線が繋がっているのかもしれない。

私たちだけでなく、猫たちもおなじだ。急死した飼い主を、猫たちが食べてしまったという話もあるそうだから、おたがいさまだ。猫に食べてもらえるなんて、それはそれで、愛猫家冥利につきるというもの。猫に食い散らかされた、ぼろぼろの死体を発見する人には、もうしわけないが。鳥葬ならぬ、猫葬とは、けっこうロマンチックじゃない?

まあ、ニンゲンなんて臭くて、そう食べられたものではないかもしれないが。愛猫家たるもの、おたがいに非常食という意識を忘れず、もし急死しても、文字どおり"猫にまたいで通られ"ないよう、むしろ、食べてもらえるぐらいの信頼関係は築きたいものだ。

(※挿絵は、ぼうさんからのいただきものです。)

こけしのはなし #2

古くは子供たちのおもちゃとして、また、湯治客のてみやげとして親しまれていた、鳴子こけし。高度経済成長期には、大人が鑑賞する蒐集品としてブームが巻き起こります。鳴子地方の一大産業へと発展し、名工の手によるこけしが芸術作品として珍重される一方、名前も知られていない職人たちが、地域産業としての鳴子こけしを支えました。私たちの祖母もそのひとりでした。

猫のこけし

南アジアのどこかのおみやげで、あやしげな猫の置物をもらったことがあります。猫のような形はしているものの、見ようによっては人のようでもあり、背中には羽のようなものまでついている。ほんとうに猫なのかもわからない。いかにも手作りだけれど、作家名やサインは書いてありません。ところどころ、傷んだりしているわりに、埃ひとつかぶっておらず、もはや、新品なのかどうかさえわかりません。つまり、なにもわからない。わかるのは、だれかの手で作られたということだけ。

これはなにかと、おみやげをくれた人に尋ねると、よくわからないと言います。さらに、なぜ買ったのか尋ねると、私が好きそうだからと。あまつさえ、よくわからないものばかり売られている異国のバザールで、極めつけのよくわからないものを探しまわったと聞いて、その人は、よくわかっているなと感心しました。引っ越しのときにまちがって捨ててしまったか、ひょっとしたら、勝手に動きだしてどこかへ行ってしまったのか、いつのまにか、失くなってしまいましたが。けっきょく、あれは猫だったのでしょうか。

要るのか、要らないのか分からないまま、なんとなく買われ、なんとなく飾られ、なんとなく時がすぎ、だれが作ったのかも、どこで手に入れたのかも忘れられ、埃に埋もれ、くらしのなかで、ただ古びていく。そういうものには、なにかふしぎな力でも宿るのでしょうか。しばらくすると、ほんとうの猫が二匹、わが家にやってきました。猫だったのでしょう、あれはたぶん。ほんとうの猫も、ほんとうに猫かどうかあやしいものですし。そういうことにしておきましょう。

アーティスト #7

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自然は神の芸術なり ――― ダンテが言うように。彼の数奇な運命を言うなら、そんな芸術品が、すぐそばに在りつづけたことだろう。

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アーティストに苦悩はつきもの。肉とワインのように、ビスケットと紅茶のように、彼らと苦悩は"おいしい"たべあわせ。アーティストだから苦悩するのではなく、苦悩するのが好きだからアートするのだ。彼らは、もともとそういういきものなのだ。

ぐれみけ設定資料集によれば、その華々しいキャリアとは裏腹に、兄もまた苦悩するアーティストだった。ひとつの言葉が、表現者としての彼を苦しめつづけたのだ。

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――― じゃないほう

彼女を言うなら、自然そのものだ。なにもせず、どこへもいかない。ただ、そこに在るだけ。口から入ったものを、尻から出しているだけの一本の肉の管にすぎない。

しかし、大地にべったり張りついて、低きに流れつづける生きざまは、川の流れのようでもあり、その佇まいのどっしりと動かざるは、山のようでもある。そう、山が山であるように。川が川であるように。彼女もまた彼女なのだ。

その巨大な影に、彼はいつも埋もれがちだった。みずからの頬毛にも埋もれがちだったが ――― つづく。

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