guremike

猫進化論

”犬はよろこび庭かけまわり、猫はこたつで丸くなる” ――― この童謡の作者は、きっとエアプ。とはいえ、初出は明治。当時の飼い猫のくらしは、半野良も同然。敷居をまたぎ、垣根をとびこえ、自由で気まぐれなライフスタイルを謳歌していた時代。水槽の魚のように、室内で愛玩され生涯を終えるなんていうほうが、進化的には大事変。むしろ、当時のくらしぶりこそが、現代の”猫らしさ”のステレオタイプの源になっているのかもしれない。結論から言うと、犬もこたつで丸くなるし、猫もそこそこ庭かけまわる。

住めば都、飼えば四本足

ときどき、”犬派猫派”論争にまきこまれる。毛で毛をあらう不毛な争いとはいえ、この毛の… この手のディベートにおいて、どっちつかずはタブー。「どっちもかわいいよお///」とか、下毛に… 下手に中立を気取って場をしらけさせようものなら、うぶ毛も生えやしないてなもん。

あえて立場をはっきりとさせ、ある種のプレイとして、あるいは思考実験として、舌戦をまじえるというのは、飼い主としてのステージをあげるきっかけにもなる。せいぜい、知識をひけらかし、愛情をみせびらかし、まわりに差をつけていきたい。

このようなホームページを長い間やっている手前、みずからすすんで猫派の立場にあまんじながらも、なにを隠そう、この私。じつは、生まれたときには、すでに家に数匹の巨大な犬がいて、よく背中にのっかってあそんでいた、愛犬家系の出。絵本の主人公にでもなったつもりで、よく裏庭や納屋でネバーエンディングストーリーを紡いだものだ。

忙しかった親のかわりに、となりにいたのは、いつも犬。一人っ子の私にとって、彼らは”きょうだい”のような存在でもあった。だから、「犬派?猫派?」に本音で答えるのなら、こう。

”どっちもおんなじ四本足、たいして変わりやしないね。”

――― 次回へつづく。