こけしのはなし #2

古くは子供たちのおもちゃとして、また、湯治客のてみやげとして親しまれていた、鳴子こけし。高度経済成長期には、大人が鑑賞する蒐集品としてブームが巻き起こります。鳴子地方の一大産業へと発展し、名工の手によるこけしが芸術作品として珍重される一方、名前も知られていない職人たちが、地域産業としての鳴子こけしを支えました。私たちの祖母もそのひとりでした。

猫のこけし

南アジアのどこかのおみやげで、あやしげな猫の置物をもらったことがあります。猫のような形はしているものの、見ようによっては人のようでもあり、背中には羽のようなものまでついている。ほんとうに猫なのかもわからない。いかにも手作りだけれど、作家名やサインは書いてありません。ところどころ、傷んだりしているわりに、埃ひとつかぶっておらず、もはや、新品なのかどうかさえわかりません。つまり、なにもわからない。わかるのは、だれかの手で作られたということだけ。

これはなにかと、おみやげをくれた人に尋ねると、よくわからないと言います。さらに、なぜ買ったのか尋ねると、私が好きそうだからと。あまつさえ、よくわからないものばかり売られている異国のバザールで、極めつけのよくわからないものを探しまわったと聞いて、その人は、よくわかっているなと感心しました。引っ越しのときにまちがって捨ててしまったか、ひょっとしたら、勝手に動きだしてどこかへ行ってしまったのか、いつのまにか、失くなってしまいましたが。けっきょく、あれは猫だったのでしょうか。

要るのか、要らないのか分からないまま、なんとなく買われ、なんとなく飾られ、なんとなく時がすぎ、だれが作ったのかも、どこで手に入れたのかも忘れられ、埃に埋もれ、くらしのなかで、ただ古びていく。そういうものには、なにかふしぎな力でも宿るのでしょうか。しばらくすると、ほんとうの猫が二匹、わが家にやってきました。猫だったのでしょう、あれはたぶん。ほんとうの猫も、ほんとうに猫かどうかあやしいものですし。そういうことにしておきましょう。

アーティスト #7

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自然は神の芸術なり ――― ダンテが言うように。彼の数奇な運命を言うなら、そんな芸術品が、すぐそばに在りつづけたことだろう。

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アーティストに苦悩はつきもの。肉とワインのように、ビスケットと紅茶のように、彼らと苦悩は"おいしい"たべあわせ。アーティストだから苦悩するのではなく、苦悩するのが好きだからアートするのだ。彼らは、もともとそういういきものなのだ。

ぐれみけ設定資料集によれば、その華々しいキャリアとは裏腹に、兄もまた苦悩するアーティストだった。ひとつの言葉が、表現者としての彼を苦しめつづけたのだ。

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――― じゃないほう

彼女を言うなら、自然そのものだ。なにもせず、どこへもいかない。ただ、そこに在るだけ。口から入ったものを、尻から出しているだけの一本の肉の管にすぎない。

しかし、大地にべったり張りついて、低きに流れつづける生きざまは、川の流れのようでもあり、その佇まいのどっしりと動かざるは、山のようでもある。そう、山が山であるように。川が川であるように。彼女もまた彼女なのだ。

その巨大な影に、彼はいつも埋もれがちだった。みずからの頬毛にも埋もれがちだったが ――― つづく。

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汁と汁

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息子がカレンダーを指差しながら「しる、しる」と言うので、味噌汁でもついているのかとおもうと、そうではない。壁にかけているカレンダーなのだから、汁なんて飛び散るはずもない。

シールのことかともおもったが、それもちがうらしい。「ははあん、これはいつもの"いいまちがえ"だな?」と、答え合わせをしてみると、なんと、汁は汁だった。ついこのあいだも、大好物の素麺をおなかいっぱい食べたばかりだし、しようがない。日本語は、むずかしい。

そんな「汁」もすっかりあけ、あぶらっこい夏の陽射しで煮られてスープにでもされてしまいそうだ。息子の言うとおり、さっぱりとした麺汁で、つめたい素麺でもいただきたいものだ。

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こけしのはなし #1

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緑の葉に鎮座まします、赤い菊の花。このものがたりは、持参薬確認表の裏に描かれた、いちまいのスケッチからはじまります。筆をとったのは、私たちの母。鳴子こけしの伝統的な絵柄です。伝統こけしの絵付けは、おなじモチーフを扱いながらもアレンジは十人十色。描き手それぞれが、独自の意匠をもつ「家紋」のようなもの。祖母もまた、この家紋を持っていました。彼女の名はシゲ。このものがたりの主人公です。

猫のこけし

猫のこけしの試作品をはじめて紹介したのは、二〇一二年。当時はホームページで大々的に宣伝しておりましたので、ご存知の方もおられるかとおもいますが、七年もまえのことですから、きっともうお忘れでしょう。私も危うく、そのひとりになりかけていたところです。

子供たちが生まれてから、この三、四年は育児で頭も時間も取られ、気づけばネットショップ運営も広告活動も、ごらんのありさまです。その合間にも、あたらしい作品を考えてみたり、地元の道の駅で試作品を販売してみたり、草の根活動はつづけておりましたが、応援してくださっていた方々のご期待には沿えず、恐れ入る思いです。

ライフワークのひとつとして、気長にはじめた仕事とはいえ、つくり手たちも皆、齢六十を超えていますから、そうのんびりもしていられません。まずは健康を第一に、いちにちでも長く続けられたらと願うばかりです。不定期更新にはなりますが、こけしのはなしと題しまして、これまでの歩みを振り返りつつ、本音と建前を使い分けながら、ときにポエムも織り交ぜ、販促に使えそうな文字溜まりを肥やしてまいります。

たいへんご無沙汰しておりました。このたび、ネットショップを再開いたします。

猫は高いところが好き

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それにしても、ちょっと高すぎないかなって。危なっかしくて見ていられないなって。

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彼女の場合。

レゴと少年 #4

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手は貸さない。分からないところは、どう分からないのか説明してもらう。そして、分かるまで説明する。時間が掛かってもいいし、解決しなくてもいい。図面通りに完成しなくてもいい。手を貸すのは、手の大きさや指の力が足らないときだけ。僕はインストラクションガイドを見ないふりをして、どう手を貸して欲しいのか、その指示も息子にだしてもらう。これが、僕らのレゴのルール、その一。

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以前、クリックブリックでクリスマスのオーナメント作りをしていた時、隣にいた父親が、子供の未熟な手つきに耐えられず、「ちがうちがう、ちょっと貸してごらん」と言ってちょっかいを出しはじめた。終いには、子供の手からレゴを取り上げて、ほとんど自分で完成させてしまった。この父親が取り上げてしまったものは、レゴだけだろうか。

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忍耐力のない親から、忍耐力は学べない。子は親を映す鏡というが、養老孟司はこれを"型"と表現している。親から子へ受け継がれるのは、人間の中身ではなく型なのだそうだ。学ぶ親の子は学び、殴る親の子は殴る。

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この型を、丸めたり、折ったり、縫ったりすると、"いれもの"ができあがる。はじめに何を容れようかとつい考えてしまうが、いれものをよく眺めると、隙間が空いていたり、縫目が綻んでいたりする。縫い方を工夫すれば、もう少し大きくできるかもしれない。そんなことを、いつも考えている。レゴは、そのための針やミシン。

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中身は、彼らが好き勝手に容れていけばいい。親の都合であれこれ詰め込んでみたところで、腐らせるだけ。底にこびりついた汚れというのは、なかなか落とせないからね。

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ねこ#111 夏号

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左脳と右脳は、ふたつのべつのもので、それぞれ見ているものも感じていることもちがうのに、私たちは、それを意識することもなく笑ったり、泣いたりしています。脳というのは、ふしぎな「なにか」でつながっていて、ある場所が傷ついたり、失われたとしても、ほかの場所の神経が変化して、その役目を肩代わりするのだそうです。

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連載 "名前は、まだない" 第二十回は、二匹をつなぐ、そんなふしぎな「なにか」のおはなしです。

大海腹

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とっぷう吹き荒れる大海原に隠された宝島のように。アンダーコート吹き荒れる大海腹に隠された秘密を求めて。

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三歳のエミネム

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テレビを置いていない。代わりに、音楽が流れている。息子と音楽の接点といえば、それと僕のギターぐらいしかない。三歳らしからぬ彼のユニークな音楽選好は、アップルミュージックのプレイリストの再生回数と、リトルマーチンの弦の錆ぐあいと相関があり、ザイオンスの法則が、これを証明している。

選りに選って、家のなかを走らないからとか、食事のときにふざけないからとか、自ら条件を提示してまで聞きたがるのが、エミネムだったというのは興味深い。

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事の始まりはミュージックビデオだった。いったい何がこれほど興味を惹きつけるのか、息子に問うと「黒い人」のことが気になってしょうがないらしい。特に、彼らがエミネムたちの猿真似をするシーンが好きらしい。不思議で不気味な世界観に、絵本のような趣きを感じているのかもしれない。

何百回、聞かされたことか。いい加減、飽きたし、エミネムの真似とやらの意味不明なラップも小煩くてしょうがない。一時はエミネム禁止令が発令されたこともあるが、息子が切ってくる取引のカードは、そう悪いものでもなく、結局、いまも毎日のように聞かされている。

条件をきちんと履行できた日は、ビデオの視聴権も獲得できるので、自ら進んで歯磨きをしたり、片付けをしたり、苦手なパプリカだって食べようとする。幾ら飽きても、少々小煩くても、こちらも手放すには勿体無いカードである。

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あの「黒い人」の正体が、自分だったと息子が気づくのは、いつのことだろうか。それよりも、もっと興味深いのは、息子は主演のふたりを「帽子をかぶっているほうとそうでないほう」で見分けていることだ。

三歳児は、肌の色など見ていない。

アーティスト #6

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あるときは、みずからの肉叢をゴミ袋になげいれ、大量消費社会や物質主義文明へ反旗を翻してみせた。